知床半島沖遊覧船KAZU1沈没事故
2022年4月23日、午後1時15分頃、北海道知床半島カシュニの滝付近で、子供2人を含む乗客22人と乗員2人の合計26人が乗船した観光船「KAZU 1」(カズワン)が浸水し、水深115~120メートル付近の傾斜した海底に沈んだ。4月末までに14人が海上などで発見され、いずれも死亡が確認された。5月9日時点でも依然として12人の行方が分かっていない。
2022年5月8日付け日本経済新聞によると、安全確保を目的とした船舶事業者を規定する海上運送法という法律のもと、船舶事業者が届け出る「安全管理規程」があったにもかかわらず、事故が起こった後で、観光船運航会社の安全管理の不備が次々と判明した。カズワンの運航会社「知床遊覧船」の社長は航行中に悪天候になりそうであれば船長の判断で引き返す「条件付き運航」という恣意的な判断で出航を決めていたことがわかった。また、同社は陸上との通信手段として従来の衛星電話から携帯電話に変更し、国の代行機関である日本小型船舶検査機構は運航中に携帯電話でもつながるという漁業関係者らの証言をもとに通信手段の検査を通過させていた。だが実際は現場海域では携帯電話が通じにくいことは通信会社のホームページでも確認できたという。
この事例から、制度は目的のもとに制定され、当事者に責任や義務を負わせるものであるが、事故後に制度の運営や実効性が問われている事実から、制度が目的を実現しているのではないことが明らかとなる。制度の目的を実現する主体は制度の当事者である。カズワン事故の場合、知床遊覧船の社長、乗組員、乗客、業界団体、規制機関が当事者である。乗客は社長と乗組員の判断に命を預け、出航判断や通信手段は間違いないと信じて疑わなかった。規制機関も制度が運行業者によって適正に運用されているものと信じて疑わなかった。その結果、乗客は最も深刻な被害に遭った。制度の成立に関与しなかった者ほど、被害が大きい。
この事故からくみ取れる教訓は、制度にあぐらをかいてはならないということ、安全に責任をもつ者ほど安全確保策を乗客や乗員に説明すること、乗客はその説明を求め、理解したうえでサービスを購入すべきであったということになる。
同紙は比較のため、バス事業者の法令違反を街頭抜き打ち監査などでチェックすることによって事業者の緊張感が高まり、監査が頻繁に行われるほど、法令違反率が低下してきた事例を国土交通省の担当官への取材によって明らかにしている。貸し切りバス事業者への街頭監査は7人が死亡した関越道のツアーバス事故(2012年)や15人が死亡した軽井沢のスキーバス事故(2016年)を受けて導入された。街頭監査は、顧客のサービスに当たるエージェントとしての事業者の資質を始めから疑い、それを前提としてルールの遵守を抜き打ちで調査する手法であり、それが効果を発揮していることを物語る事例である。
国土交通省はバス事業者を対象とした「バスの運行の安全、乗客の安全を確保するために遵守すべき実施マニュアル」を策定している。街頭監査は、事業者に課されたマニュアル化された義務の実施の有無を抜き打ち監査するものであり、義務が果たされていない場合には運転者と会社に対する刑事・行政処分が待ち受けている。マニュアルでさえ、そのままでは遵守されないので、抜き打ちでエージェントに調査という圧力をかけてマニュアルの実施を規律づけしているのである。このように規律づけされれば完全に安全になるわけではないが、意図した目的の達成には貢献する。こうしたガバナンスが船舶事業者に対しても求められる。
5月10日、国土交通省は、今後は運航コースが携帯電話のエリア内でなければ出航を認めないこと、エリア図から外れれば常に通信可能な通信設備に速やかに変更するよう求めていくことを発表した。規制が遵守されるためには、規制をかける側だけではなく、規制を受ける側における受け止めの開示、そして、事業者による規制機関への説明要求が受け入れられるなど、当事者の利害の違いを前提とした情報と意思の共有が必要となる。
(我場為安司2022年5月10日)
DATE2022.05.10